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セブビジネスパークは元ゴルフ場|アヤラが開発した50ヘクタールの歴史

現在のセブビジネスパークには、かつてクラブフィリピノのゴルフコースがありました。1988年の土地売却からアヤラによる50ヘクタールの開発までを追います。

セブビジネスパークは元ゴルフ場|アヤラが開発した50ヘクタールの歴史
セブビジネスパークのビル群と市街地。写真: Patrickroque01 / CC BY-SA 4.0

広い緑の土地を、限られた会員がゴルフや社交のために利用していました。1988年、この土地がAyala側へ売却され、翌1989年にはCebu Business Parkが事業開始されました。1994年にAyala Center Cebuが開業すると、周囲にオフィス、銀行、ホテル、住宅が増え、セブの商業と仕事の中心がDowntownから北東側へ広がりました。

ゴルフコースがショッピングモールになっただけではありません。一つの会員制施設だった土地が、多くの人が働き、住み、買い物をする新しい都市の中心へ変わったのです。

結論

この記事の要点

Cebu Business Parkの土地には、以前Club Filipino, Inc. deセブが利用するゴルフコースとクラブ施設がありました。1962年のフィリピン最高裁判所の判決資料には、Club Filipinoが政府から借りた土地でゴルフコース、クラブハウス、ボウリング場、バー兼飲食店などを運営していたことが記録されています。

1988年、Cebu Provincial Governmentが所有していた旧ゴルフコースの土地がAyala側へ売却されました。1989年、Cebu Business Parkが事業開始され、100区画の商業用区画が販売されました。1992年ごろまでに主要な土地の基盤整備が進み、1994年にはAyala Center Cebuが開業しました。

現在のCebu Business Parkは、約50ヘクタールの計画的に整備された複合用途地区です。

時期 この場所の役割
1980年代まで Club Filipinoのゴルフコース
1988年 土地をAyala側へ売却
1989年 Cebu Business Parkを事業開始
1990年代初め 道路・区画・基盤整備
1994年 Ayala Center Cebu開業
2000年代 オフィス、IT関連施設、住宅が増加
現在 商業・業務・住宅・ホテルの複合地区

Cebu Business Parkがつくられたことで、セブの中心がColonから完全に移動したわけではありません。Colonは低価格商業と公共交通の中心として残り、Cebu Business Parkは企業のオフィス、モール、ホテル、コンドミニアムを集める新しい中心になりました。

Club Filipinoとは何だった?

Club Filipino, Inc. deセブは、会員がスポーツや社交活動を行うクラブでした。1962年の最高裁判所判決によると、クラブの目的には、

  • ゴルフ
  • テニス
  • 体育館
  • ボウリング
  • ビリヤード
  • その他のスポーツ

を会員のために提供することが含まれていました。クラブはゴルフコースだけでなく、クラブハウス、ボウリング場、バー兼飲食店も運営していました。また、判決資料には、ゴルフコースの土地を政府から借りていたことが記載されています。つまり、この場所は民間のクラブが完全に所有していたゴルフコースではなく、政府所有地をクラブが利用する形でした。

ゴルフは広い土地を必要とします。しかし、日常的に利用する人は会員とそのゲストに限られます。都市がまだ現在ほど拡大していない時代には、市街地に近い場所へ広いゴルフコースを維持することができました。

関連資料:Supreme Court of the Philippines via Lawphil|Collector of Internal Revenue v. Club Filipino, Inc. de Cebu

ゴルフコースはどこにあった?

旧ゴルフコースは、現在のAyala Center CebuとCebu Business Parkを含む地区にありました。現在のCardinal Rosales Avenue、ミンダナオAvenue、Luzon Avenueなどは、ビジネスパーク開発時に整備された道路です。

ゴルフコースだったころは、現在のような街区、オフィスタワー、コンドミニアムはありませんでした。広い緑地の中に、

  • フェアウェイ
  • グリーン
  • クラブハウス
  • スポーツ施設
  • 管理施設

などが配置されていました。現在のCebu Business Parkを歩くと、道路が曲線を描き、建物の間に公園や植栽があります。しかし、現在の道路が昔のフェアウェイとそのまま一致するとは限りません。正確に比較するには、旧ゴルフコースの配置図や航空写真を現在の地図へ重ねる必要があります。

ビジネスパークのオフィスタワー
ビジネスパークのオフィスタワー。写真: Angelyn Sanjorjo / Pexels License

なぜ政府がゴルフコースの土地を持っていた?

Club Filipinoは政府所有の土地を借りてゴルフコースを運営していました。当時、ゴルフコースはセブの経済人や有力者が集まる社交の場所でもありました。しかし、都市が成長すると、広い公有地を限られた会員が利用することに対し、

この土地をもっと多くの人と経済活動のために使うべきではないかという考えが強くなります。ゴルフコースとして利用すれば、広い緑地を維持できます。一方、商業・業務地区として開発すれば、

  • 土地売却収入
  • 固定資産税
  • 企業進出
  • 雇用
  • 住宅
  • 道路
  • 商業施設

を生み出す可能性があります。旧ゴルフコースの売却は、単なる不動産取引ではありませんでした。セブが土地をどのように使って成長するかという選択でした。

1988年に土地が売却された

都市研究と当時の報道では、1988年にCebu Provincial Governmentが旧Club Filipinoゴルフコースの土地をAyala側へ売却したとされています。当時のセブ州知事はEmilio “Lito” Osmeña氏でした。

資料によって旧ゴルフコースの面積は、

  • 40ヘクタール余り
  • 約44ヘクタール
  • 約45ヘクタール
  • 約50ヘクタール

など異なる数字で説明されています。これは、ゴルフコースとして使われていた土地、売却対象の土地、周辺を含む開発地区の面積が同じではないためです。現在のCebu Business Park全体については、開発会社とフィリピンだしExchangeの資料で50ヘクタールと説明されています。

数字 示している可能性
40ヘクタール余り ゴルフコースの実利用部分
約44~45ヘクタール 政府が売却した土地
50ヘクタール 現在のCebu Business Park開発地区

数字を使うときは、何の面積かを分ける必要があります。関連資料:The Philippine Star|About the Club Filipino Golf Course関連資料:From Sugbu to Ceboom|A Study on the Historical Development of the Urban Form of Cebu City

なぜAyalaがセブへ来た?

Ayalaは、ManilaのMakatiでビジネス地区を開発してきた企業です。Makatiでは、道路、オフィス、商業施設、住宅を一体として計画し、企業を集める街をつくりました。1980年代後半のセブには、Colonを中心とする商業地区がありました。

しかし、

  • 大きなオフィスフロア
  • 駐車場
  • 新しい通信設備
  • 計画的な道路
  • 高層建築
  • ホテル
  • コンドミニアム

を組み合わせたCentralビジネス地区は、まだ十分に形成されていませんでした。旧ゴルフコースは、セブ市の市街地に近く、まとまった面積を持つ土地でした。細かく分かれたDowntownの土地を一つずつ取得するより、大規模なビジネス地区を計画しやすい条件がありました。

1989年にCebu Business Parkが始まった

Cebu Business Parkは1989年に事業開始されました。当時の資料では、セブHoldingsが100の商業用区画を販売し、一部の土地を自社開発用として残したとされています。この方法では、開発会社がすべての建物を建てる必要はありません。

最初に、

  • 道路
  • 排水
  • 電力
  • 通信
  • 街区
  • 公共空間
  • 建築ルール

を整え、その後、企業や投資家へ区画を販売します。購入した企業がオフィス、銀行、ホテル、コンドミニアムなどを建てることで、街が段階的に完成していきます。Colonは、長い時間をかけて個別の商人と建物が集まった街です。Cebu Business Parkは、先に全体の計画をつくり、その中へ企業と建物を配置する街です。

関連資料:The Philippine Star|Cebu Business Park: Cebu’s Premier District

50ヘクタールはどのくらい?

Cebu Business Parkは約50ヘクタールです。1ヘクタールは10,000平方メートルなので、50ヘクタールは約500,000平方メートルです。東京ドームの建築面積を基準に単純比較すると、約10.7個分に相当します。

ただし、この50ヘクタールすべてに建物が建っているわけではありません。区域内には、

  • 道路
  • 歩道
  • 公園
  • 植栽
  • モール
  • オフィス
  • ホテル
  • コンドミニアム
  • 駐車施設
  • サービス用区画

が含まれます。ゴルフコースだった広い土地を一つの建物に置き換えたのではなく、土地の中に新しい道路と街区をつくりました。関連資料:Ayala Land|Cebu Business Park

最初から現在のような街ではなかった

現在のCebu Business Parkには、高層建築が並んでいます。しかし、1989年の事業開始直後から現在の景観だったわけではありません。Ayala Landの公式記事では、1994年にAyala Center Cebuが開業したころ、ビジネスパークの多くは道路が通る建物の少ない開けた土地だったと説明されています。

最初に道路と区画ができても、建物が一斉に完成するわけではありません。企業が土地を購入し、建築計画をつくり、需要を確認しながら段階的に建てます。そのため、開発初期には、道路はあるが建物が少ないという時期がありました。この状態は、開発直後のCebu IT ParkやSRPでも見られたものです。

最初の建物は何だった?

Cebu Business Parkで初期に建設された建物の一つが、9階建てのセブHoldingsセンターです。その後、

  • Ayala Center Cebu
  • Marriottホテル
  • シティスポーツクラブ
  • 銀行
  • オフィスビル

などが加わりました。現在、セブHoldingsセンターは周囲の高層建築と比べると低い建物です。しかし、開発初期には、ビジネスパークの方向性を示す重要なオフィスビルでした。現在のスカイラインだけを見ると、街の始まりが低層・中層の建物だったことは分かりにくくなっています。

1994年、Ayala Center Cebuが開業した

Cebu Business Parkの転換点となったのが、1994年のAyala Center Cebu開業です。モールは、商品を売るだけの建物ではありません。人を継続的にビジネスパークへ呼び込む集客の核です。

オフィスだけの街では、休日と夜に人が少なくなります。しかし、モールがあれば、

  • 買い物
  • 食事
  • 映画
  • 待ち合わせ
  • イベント
  • 家族の外出

を目的に人が来ます。企業にとっても、近くに飲食店、銀行、買い物、ホテルがあることは従業員や取引先にとって便利です。Ayala Center Cebuができたことで、Cebu Business Parkは単なる土地分譲地ではなく、日常的に人が集まる街になりました。

アヤラセンターの屋上テラス
アヤラセンターの屋上テラス。写真: Wide Awake! / CC BY 4.0

関連資料:Ayala Land|Malls Move Up the Metropolis

ショッピングモールがセブの生活を変えた

Colonでは、通りを歩きながら複数の店を回ります。Ayala Center Cebuでは、冷房のある建物の中で、

  • 百貨店
  • スーパー
  • 飲食店
  • 映画館
  • 専門店
  • サービス窓口

を利用できます。雨の多い日でも移動しやすく、車を駐車場に止めて買い物ができます。この買い物方法は、自家用車を持つ家庭や、暑さと雨を避けたい人に支持されました。しかし、モールの登場は店を一つの建物へ集めただけではありません。セブアノが休日を過ごし、友人と会い、食事をする場所も、Downtownの通りからモールへ移しました。

モールの周囲にオフィスが集まった

Ayala Center Cebuが人を集めると、その周囲へオフィス、銀行、ホテルが増えました。企業にとってCebu Business Parkには、

  • 整備された住所
  • 建物の警備
  • 駐車場
  • 通信環境
  • ホテルへの近さ
  • 銀行への近さ
  • 飲食店への近さ
  • 空港や港への接続

という利点があります。2000年代には、IT・BPO関連企業が利用する建物も増えました。2006年2月6日、大統領布告No. 986によって、Cebu Business Park内の特定区画5,138平方メートルが情報技術公園に指定されました。

また、セブIT Tower、Keppelセンターなど、ビジネスパーク内の個別建物も別の大統領布告によってITセンターに指定されています。注意したいのは、50ヘクタールのCebu Business Park全体が一つのPEZA ITパークとして指定されたわけではないことです。

指定は特定の土地や建物ごとに確認する必要があります。関連資料:Lawphil|Proclamation No. 986, February 6, 2006関連資料:Lawphil|Proclamation No. 1014, Cebu IT Tower

関連資料:Philippine Economic Zone Authority|List of Economic Zones

住宅が加わって「通勤する街」から変わった

ビジネスパークの初期は、外から通勤する人が中心でした。その後、コンドミニアムが増え、地区内または徒歩圏に住む人が増えました。オフィス、モール、ホテルだけでなく、住宅があることで、

  • 平日
  • 休日

のすべてに人がいる複合用途地区になります。ただし、ビジネスパーク内の住宅は、セブの平均的な住宅価格より高い傾向があります。働く場所と住む場所が近いという利点を、すべての従業員が利用できるわけではありません。実際には、周辺バランガイや遠い地域から通勤する人も多く、交通量の増加につながります。

ビジネスパークの高層住宅
ビジネスパークの高層住宅。写真: Martin Michlmayr / CC BY-SA 4.0

ゴルフコースの緑は残った?

ゴルフコースだった土地には、広い芝生がありました。現在は、その多くが道路と建物へ変わっています。しかし、開発計画では公園、植栽、公開空間が組み込まれました。Cebu Business Parkには、

  • Ayala Terraces周辺
  • Cebu Business Park open spaces
  • 街路樹
  • 歩道沿いの植栽
  • 小規模公園

などがあります。2011年のセブHoldings側の説明では、敷地の30%を公開空間へ充てる計画が示されていました。ただし、ゴルフコース全体の緑と、ビジネスパーク内に分散する公開空間は同じものではありません。ゴルフコース時代は、広い緑地が連続していました。

現在は、建物と道路の間に管理された緑地が配置されています。

ライトアップされた公園と樹木
ライトアップされた公園と樹木。写真: Martin Michlmayr / CC BY-SA 4.0
ゴルフコースの緑 ビジネスパークの緑
広く連続する 複数の場所へ分散
会員のスポーツ利用 歩行、休憩、イベント、景観
利用者が限定される 一般の利用者も入れる場所がある
芝生中心 樹木、植栽、公園を組み合わせる
建物が少ない 建物の間に配置される

緑の面積だけでなく、誰が利用できるかも変わりました。

昔と現在の役割を比較する

比較項目 昔|Club Filipinoゴルフコース 現在|Cebu Business Park
主な用途 ゴルフ・会員の社交 商業・業務・住宅・宿泊
利用者 会員とゲスト 従業員、住民、買い物客、旅行者
土地 政府所有地をクラブが利用 民間の計画的に整備された地区
街路 ゴルフコース内の通路 公道・地区内道路・歩道
建物 クラブハウス、スポーツ施設 モール、オフィス、ホテル、コンドミニアム
緑地 連続したフェアウェイ 分散した公園と植栽
雇用 クラブ運営と維持管理 小売、金融、IT、ホテルなど
セブでの役割 会員制余暇施設 都市の中心業務地区の一つ
外部との関係 周囲から区切られた施設 周辺道路と接続する商業地区

会員制の余暇施設から多用途の都市へ変わりましたが、土地の利用条件と管理主体も変わっています。

便利になったこと

Cebu Business Parkの開発によって、多くの都市機能が一つの地区に集まりました。

  • 仕事が増えた
    仕事が増えた
  • 買い物がしやすくなった
    買い物がしやすくなった
  • ビジネスの住所ができた
    ビジネスの住所ができた
  • 公開空間ができた
    公開空間ができた
  • 住宅とホテルが加わった
    住宅とホテルが加わった

失われたもの

開発には、失われたものもあります。

  • 連続した広い緑地
    連続した広い緑地
  • 土地の余白
    土地の余白
  • 公有地としての選択肢
    公有地としての選択肢
  • 周囲との連続性
    周囲との連続性

管理された街は公共の街なのか

Cebu Business Parkの道路や公園は、多くの人が利用できます。しかし、地区全体は管理地区として管理されています。警備、清掃、植栽、イベント、建物のルールが統一され、一定の秩序が保たれます。

これは利用者に安心感を与えます。一方で、Colonのように自然発生的な屋台や小規模商人が自由に営業することは難しくなります。

管理された管理地区 既成市街地
清掃と警備を統一しやすい 管理主体が複数
建築ルールをそろえられる 建物ごとに年代と所有者が違う
景観を整えやすい 多様な看板と店が並ぶ
入居店舗を選べる 小規模商人が入りやすい
安定した環境 自然な変化と混在がある

Cebu Business Parkの快適さは、管理によってつくられています。しかし、その管理には、誰が入居し、誰が商売できるかを選ぶ力もあります。関連資料:A Walled City of the 21st Century|Cebu Business Park Case Study

ゴルフコースより多くの人が使えるようになった?

利用者数だけを考えれば、現在のほうがはるかに多くの人が利用しています。ゴルフコース時代は、基本的に会員とゲストのための場所でした。現在は、モールへ入るための会員資格は必要ありません。オフィス、飲食店、公園、ホテルなど、異なる目的で多くの人が訪れます。

しかし、すべての場所を誰でも同じように使えるわけではありません。

  • オフィスには入館管理がある
  • コンドミニアムは住民用
  • ホテルは宿泊客中心
  • 飲食店やモールでは支払いが必要
  • 一部施設には利用条件がある

「開かれた街」と「誰でも負担なく利用できる街」は同じではありません。

変わったのは土地ではなく、セブの中心のつくり方

Club FilipinoゴルフコースからCebu Business Parkへの変化は、建物が増えたことだけではありません。昔のセブの中心は、Colonのように長い時間をかけて形成されました。多くの商人、住民、学校、交通が少しずつ集まり、街になりました。Cebu Business Parkでは、先に開発計画があります。

道路をつくり、区画を分け、モールを集客の核にし、オフィス、ホテル、住宅を誘致します。

Colon型 Cebu Business Park型
時間をかけて自然に形成 全体計画から開始
小規模な土地が集合 まとまった土地を一体開発
公道が商業の中心 管理地区内の建物が中心
多数の個別所有者 開発会社が全体を管理
交通に合わせて商業が成長 商業と道路を同時に計画

Cebu Business Parkは、セブに新しい建物をつくっただけではありません。セブで「中心地を計画してつくる」という方法を定着させました。

よくある質問

  • Cebu Business Parkは以前ゴルフコースだったのですか?
    Cebu Business Parkは以前ゴルフコースだったのですか?
  • ゴルフコースの土地はClub Filipinoが所有していたのですか?
    ゴルフコースの土地はClub Filipinoが所有していたのですか?
  • 土地はいつAyalaへ売却されましたか?
    土地はいつAyalaへ売却されましたか?
  • Cebu Business Parkはいつ始まりましたか?
    Cebu Business Parkはいつ始まりましたか?
  • Ayala Center Cebuはいつ開業しましたか?
    Ayala Center Cebuはいつ開業しましたか?
  • Cebu Business Parkの広さはどのくらいですか?
    Cebu Business Parkの広さはどのくらいですか?
  • Cebu Business Park全体がPEZA Economicゾーンですか?
    Cebu Business Park全体がPEZA Economicゾーンですか?
  • ゴルフコースの緑は残っていますか?
    ゴルフコースの緑は残っていますか?

※旧ゴルフコースの面積は、資料によって40ヘクタール余り、44ヘクタール、45ヘクタールなど異なります。この記事では旧ゴルフコースの利用面積、売却面積、現在の開発地区50ヘクタールを同じ数字として扱っていません。

※Cebu Business Park内のPEZA指定は、特定区画または個別建物ごとに確認する必要があります。※施設、建物用途、開発状況は今後変更される可能性があります。

まとめ

会員制ゴルフコースから、仕事・住宅・商業が集まる計画都市へ変わったのがCebu Business Parkです。利用できる人と都市機能が増えた一方、連続した緑地と公有地としての将来の選択肢は失われました。開発の便利さと、民間が管理する街へ変わった意味を、両方見ることが大切です。

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