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コロン通りはなぜセブの中心でなくなった?最古の通りの歴史と今

フィリピン最古とされるコロン通りは、なぜセブ市の中心ではなくなったのか。百貨店、映画館、公共交通が集まった時代から、中心が移るまでを追います。

コロン通りはなぜセブの中心でなくなった?最古の通りの歴史と今
昼のコロン通りと沿道の商店。写真: Ralff Nestor Nacor / CC BY-SA 4.0

Colon Streetは長い間、セブで買い物をし、映画を見て、銀行へ行き、学校へ通い、ジプニーに乗る場所でした。百貨店、専門店、映画館、飲食店、学校、金融機関、公共交通が一つの地区に集まり、セブアノが「街へ行く」ときの目的地になっていたのです。しかし、1990年代に入ると、セブ市の商業と仕事は別の場所へ広がりました。

1993年にSM City Cebu、1994年にAyala Center Cebuが開業し、その後、Cebu Business ParkやCebu IT Parkにオフィス、住宅、ホテル、飲食店が集まりました。Colonから人が消えたわけではありません。現在も多くの買い物客、学生、通勤者、商人が利用しています。

変わったのは、Colonがセブで唯一の中心ではなくなったことです。セブの中心はColonから別の一か所へ移ったのではなく、目的ごとに複数の場所へ分かれました。

結論

この記事の要点

Colon Streetは、長い間セブ市の商業、娯楽、教育、金融、交通の中心でした。港、Carbon Market、Parian、学校、行政施設に近く、多くのジープニー路線がDowntownを通っていたため、人と商品が集まりやすい場所だったからです。しかし、セブの人口と市街地が拡大すると、Colonだけでは増え続ける商業、オフィス、住宅、自動車を受け入れられなくなりました。

1990年代以降、

  • SM City Cebu
  • Ayala Center Cebu
  • Cebu Business Park
  • Cebu IT Park
  • バニラッド
  • マンダウエ
  • SRP

などに新しい商業・業務地区が形成されました。

時代 セブの中心として目立った場所
スペイン統治期 港、サンペドロ要塞、Parian、教会周辺
アメリカ統治期 ColonとDowntown
戦後 Colonの百貨店、映画館、金融機関
1990年代 SM City Cebu、Ayala Center Cebuが登場
2000年代 Cebu Business Park、ITパークが成長
現在 目的ごとに複数の中心が存在
セブの中心地が広がった歴史

現在のColonは、セブの中心ではなくなったというより、役割を変えました。高級ブランドや大企業のオフィスが集まる中心ではありません。しかし、低価格の買い物、公共交通、学生生活、小規模商業、Downtownへの入口として、現在も重要な中心地です。

Colon Streetは本当にフィリピン最古の通り?

Colon Streetには、National歴史的Commission of theフィリピンの前身にあたる機関が設置した歴史標識があります。標識では、Colon Streetが1565年にMiguel López de Legazpiによってつくられた、フィリピン最古の通りと説明されています。

長い間、この説明はセブの歴史として広く受け入れられてきました。しかし、2025年、セブアノの歴史家・考古学者Jobers Reynes Bersales氏は、この説に疑問を示しました。Bersales氏によると、1565年当時にColon Streetがつくられたことを直接示す現存資料や地図は確認できません。

また、1699年のセブの地図では、スペイン人が築いた市街地の中心は、現在のPlaza SugboやMagallanes通りに近い海側にあり、Colonはその中心から外れていたと指摘しています。「Colonが最古」という評判は、1910年代に販売された絵葉書から広がった可能性があるという説明もあります。

説明 根拠
Colonはフィリピン最古の通り 歴史標識と長年の一般的な説明
最古とは確認できない 1565年当時の地図・記録が確認されていない
Magallanes通りの可能性 初期の要塞、港、スペインCiudadとの位置関係

この記事では、Colon Streetはフィリピン最古の通りとして公式に紹介されてきたが、その歴史的根拠には現在異論があると整理します。しかし、最古かどうかにかかわらず、Colonがセブを代表する歴史的商業地区であることは変わりません。

関連資料:National Historical Commission of the Philippines|Cebu City Historical Sites Registry関連資料:National Historical Commission of the Philippines|Colon Street Registry Record

関連資料:GMA News|Colon Street Not Oldest in PH, Says Cebu Historian-Archaeologist関連資料:SunStar Cebu|Colon Is Not the Oldest Street in PH

Colonという名前はどこから来た?

Colon StreetのColonは、スペイン語でChristopher Columbusを意味する、Cristóbal Colónに由来します。Columbus本人がセブへ来たわけではありません。

スペイン統治期の都市には、スペインに関係する人物や地名が道路名として使われました。Colon Streetも、その歴史の中でつけられた名前です。現在もセブアノは、“Adto ko sa Colon.”(Colonへ行きます。)というように、通り一本だけではなく、周辺のDowntown地区を含む場所としてColonという名前を使うことがあります。

なぜColonに人と商売が集まった?

Colonが商業地区として成長した最大の理由は、立地です。Colonの周囲には、

  • セブ港
  • Carbon Market
  • Parian
  • サントニーニョ教会
  • セブメトロポリタン大聖堂
  • 市庁舎
  • 学校
  • 住宅地区
  • ジプニーの通る道路

があります。

港から商品が入り、カルボンで卸売され、Colonの店舗で販売される。学校へ通う学生が文房具や食事を買う。ジプニーで到着した人が、買い物、銀行、映画を一度に済ませる。このように、商業、交通、教育、宗教、行政が徒歩圏に集まっていました。現在のショッピングモールが建物の中に店舗を集めているとすれば、昔のColonは、複数の通りと建物を使った巨大な屋外モールのような場所でした。

関連資料:Philippine Quarterly of Culture and Society|Images of Calle Colon: Evoking Memories of a Cebuano Street

「セブへ行く」はColonへ行くことだった

現在のMetroセブでは、セブ市、マンダウエ、Lapu-Lapuなどの市街地が連続しています。しかし、昔は現在ほど都市が広がっていませんでした。地方や郊外から来る人にとって、Colonは特別な場所でした。

買い物をする。映画を見る。学校へ行く。病院へ行く。

銀行や政府機関の用事を済ませる。都市で必要なことの多くを、Colonと周辺のDowntownで行うことができました。そのため、セブ市の外側に住む人が、「セブへ行く」と言うとき、実際の目的地がColon周辺であることもありました。Colonは通りの名前であると同時に、都市生活そのものを示す名前でした。

百貨店と専門店が集まった

ショッピングモールが一般的になる前、買い物客は通りを歩きながら店を回りました。Colonと周辺には、

  • Gaisano
  • Metro
  • Fairmart
  • Plaza Fair
  • Gazini Plaza
  • Gaw
  • Oriente
  • 専門店
  • 食料品店
  • 薬局
  • 宝飾店
  • 生地店
  • 靴店

などが集まっていました。一つの建物ですべてを買うのではなく、商品ごとに店を選びます。布は布の専門店。靴は靴店。家電は家電店。食料は市場や食料品店。店の人と相談し、価格と品質を比較しながら買うことが、Colonでの買い物でした。この仕組みは、現在のモールより時間がかかります。

しかし、低価格の商品や専門性の高い商品を探しやすいという特徴がありました。

Colonは映画の街だった

昔のColonを語るとき、映画館は欠かせません。Colonと周辺には、

  • Oriente
  • Visionシアター
  • Idealシアター
  • Starシアター
  • Kingシアター
  • Victorシアター
  • Seven芸術

など、複数の映画館や劇場がありました。

現在のようにインターネットで映画を見ることができず、家庭のテレビで見られる番組も限られていた時代です。映画館は、映画を見るためだけの場所ではありませんでした。家族、友人、恋人と出かける娯楽の中心でした。映画を見た後に食事をし、買い物をする。その人の流れが、周辺の飲食店、軽食の売店、衣料品店にも売上をもたらしました。

現在、映画館はショッピングモールの中にあるのが一般的です。しかし、昔のセブでは、映画館があるからColonへ行き、その周囲で買い物をしていました。

公共交通がColonを中心にしていた

Colonが中心になったもう一つの理由がジプニーです。多くのジープニー路線が、Colon、Manalili、Magallanes、Sanciangko、P. del RosarioなどのDowntownを通りました。

自動車を持たない人でも、バランガイや郊外からColonへ来ることができました。

さらに、Colonで別のジプニーへ乗り換えれば、別の地域へ移動できます。つまりColonは、買い物の目的地であり、交通の乗換地点でもあったのです。人が集まるから店が増える。店が多いからさらに人が集まる。公共交通と商業が、互いにColonの中心性を強くしていました。

Colonの問題は成功したことで生まれた

Colonに多くの人、店、車が集まったことは、商業地区としての成功でした。しかし、その成功が問題も生みました。

  • 道路が狭い
  • ジプニーが集中する
  • 駐車場を確保しにくい
  • 歩道に商品や人があふれる
  • 商品搬入と通勤時間が重なる
  • 古い建物を大きく建て替えにくい
  • 土地が細かく分かれている
  • 防火・電気・排水設備を更新しにくい

Colonは、歩いて買い物をする時代には便利でした。しかし、自家用車で移動し、一か所に駐車して、冷房のある建物で買い物をする生活が広がると、不便に感じる人が増えました。Colonが失敗したから中心が移ったのではありません。古い中心地の構造では、新しい都市生活をすべて受け入れられなくなったのです。

1993年、SM City Cebuが開業した

大きな転換点の一つが、1993年11月のSM City Cebu開業です。SM Primeの公式記録では、SM City Cebuは同社がビサヤで初めて開業したモールです。SM City Cebuは、Colonより北側のNorth Reclamationエリアに建設されました。

モールの中には、

  • 百貨店
  • スーパー
  • 飲食店
  • 映画館
  • 専門店
  • 駐車場
  • 冷房付き共用空間

が集められました。以前はColonの複数の通りを歩いて行っていた買い物と娯楽を、一つの建物の中で行えるようになったのです。SM City Cebuは、Colonの客をすべて奪ったわけではありません。しかし、セブアノに新しい買い物の方法を示しました。

エスエムシティセブの外観
エスエムシティセブの外観。写真: Aerous / CC BY-SA 4.0

関連資料:SM Prime|Our History関連資料:SM Prime|Shopping Centers Will Thrive Despite Evolving Retail Landscape

1994年、Ayala Center Cebuが開業した

翌1994年には、Cebu Business ParkでAyala Center Cebuが完成しました。Cebu Business Parkは、旧Club Filipinoゴルフコースを再開発した計画的に整備された地区です。

Ayala Center Cebuには、商業施設だけでなく、その周囲に、

  • 企業のオフィス
  • 銀行
  • ホテル
  • コンドミニアム
  • 飲食店
  • 公園

が計画的に配置されました。Colonでは、長い時間をかけて自然に都市機能が集まりました。Cebu Business Parkでは、最初から商業、仕事、住宅、余暇を組み合わせて街が設計されました。この違いは大きいものでした。企業は、駐車場、警備、通信設備、まとまったオフィスフロアを備える新しい地区へ移りやすくなりました。

中間所得層や自動車を利用する買い物客も、AyalaやSMを選ぶようになりました。

アヤラセンターセブの吹き抜け
アヤラセンターセブの吹き抜け。写真: Wide Awake! / CC BY 4.0

関連資料:Philippine Stock Exchange EDGE|Ayala Center Cebu Property Information

Colonから何が移った?

Colonのすべてが別の場所へ移ったわけではありません。移りやすかった都市機能と、残りやすかった都市機能があります。

移りやすかったもの 残りやすかったもの
大企業のオフィス 小規模店舗
高価格帯の小売 低価格帯の小売
新しい映画館 学生向け商品
高級飲食店 大衆向け飲食
コンドミニアム 古い商住混合建物
自動車利用者向け施設 ジプニー利用者向け商業
国際ブランド 卸売・専門店
新しい銀行本部 質店や送金サービス

高所得層や企業が新しい地区へ移る一方で、Colonには価格、交通、学校との近さを重視する利用者が残りました。その結果、Colonは商業地区でなくなったのではなく、商業の種類が変わりました。

関連資料:From Sugbu to Ceboom|A Study on the Historical Development of the Urban Form of Cebu City

ITパークが「夜の仕事」を引き受けた

2000年代になると、Cebu IT Parkが成長しました。ITパークは、PEZAに登録されたIT・BPO地区として、海外向けに働く企業を集めました。BPO企業では、北米などの時間に合わせて夜間に勤務する人がいます。

そのため、ITパークには夜中でも働く人、食事をする人、車を待つ人がいます。昔のColonの夜は、映画館や買い物、娯楽が人を集めました。現在のITパークの夜は、仕事が人を集めています。

セブITパークの高層ビル群
セブITパークの高層ビル群。写真: Patrickroque01 / CC BY-SA 4.0
昔のColon 現在のITパーク
映画と買い物の夜 BPO勤務と飲食の夜
路面店中心 オフィスタワー中心
ジプニーで来る人が多い ジプニー、バス、タクシー、配車アプリ
Downtownの娯楽地区 海外ビジネス地区

セブの夜の中心も、Colonだけではなくなりました。

昔と現在の役割を比較する

比較項目 昔|昔のColon 現在|現在のColon
セブでの位置 商業・娯楽・交通の中心 複数ある中心地の一つ
買い物 百貨店と専門店 低価格商品、卸売、小売
映画 複数の路面映画館 映画館の多くはモールへ移動
仕事 商店、銀行、オフィス 小売、教育、交通、サービス
交通 目的地と乗換地点 現在も重要なジプニー地区
主な客層 幅広いセブアノ 学生、通勤者、商人、低価格重視層
夜間 映画と娯楽 ナイトマーケットなど期間限定の賑わい
街の形 自然に形成された商業街 古い建物と新しい低価格商業が混在

高級商業や大企業の機能が新しい地区へ広がる一方、Colonには低価格の買い物、学生生活、小規模商業、公共交通という役割が残りました。

Colonは衰退したのか

Colonについて、「昔は栄えていたが、現在は衰退した」と説明することがあります。確かに、以前のような高級商業、企業オフィス、映画館の中心ではありません。古い建物、空き区画、閉鎖した映画館もあります。

しかし、衰退という言葉だけでは、現在のColonを正確に説明できません。日中のColonには、多くの人がいます。学生が教材や制服を買う。小売商人が商品を仕入れる。住民が安い衣類や生活用品を探す。ジプニーを乗り換える。質店や送金サービスを使う。古い中心地から新しい中心地へ完全に人が移ったのではありません。利用者と目的が変わったのです。

なぜColonには高層ビルが少ない?

Colonに新しい高層オフィスやコンドミニアムが少ない理由は、土地の価値がないからではありません。古い市街地には、再開発を難しくする条件があります。

  • 土地が小さく分割されている
  • 所有者が複数いる
  • 古い賃貸契約がある
  • 歴史的建築物が残る
  • 工事車両を入れにくい
  • 駐車場を確保しにくい
  • 道路の拡張が難しい
  • 現在の商人を移転させる必要がある

一方、Cebu Business ParkやITパークは、まとまった土地を計画的に区画できました。大規模開発では、この差が重要です。Colonに需要がないから建物が建たないのではなく、同じ規模の建物を建てるための調整が、新しい開発地区より難しいのです。

Colonナイトマーケットは何を取り戻そうとしている?

Colonでは、ナイトマーケットが開催されることがあります。道路の一部に衣類、食べ物、生活用品などの売り場が並び、多くの人が訪れます。ナイトマーケットは、単なるイベントではありません。モールとITパークへ移った夜の人の流れを、Downtownへ戻そうとする取り組みでもあります。

しかし、ナイトマーケットだけでColon全体を再生できるわけではありません。通常の営業日にも、

  • 安全に歩ける歩道
  • 清潔な公共空間
  • 夜間照明
  • 古い建物の再利用
  • 公共交通との接続
  • 住む人
  • 働く人
  • 日常的に利用できる店舗

が必要です。街の再生は、一時的に人を集めることではなく、毎日使われる理由をつくることです。

夜のコロン通りに並ぶ屋台
夜のコロン通りに並ぶ屋台。写真: Patrickroque01 / CC BY-SA 4.0

Colonに現在も残る強さ

Colonには、新しいビジネス地区にはない強さがあります。

  • 価格の幅
    価格の幅
  • 公共交通
    公共交通
  • 学校
    学校
  • 小規模商業
    小規模商業
  • 歴史の重なり
    歴史の重なり

セブの中心は移動したのではなく、分裂した

Colonの変化を、ColonからAyalaへ中心が移ったと説明すると、簡単です。しかし、実際のセブはもっと複雑です。

目的 現在の中心
低価格の買い物 Colon・カルボン
大型モール SM・Ayala
企業のオフィス Cebu Business Park
IT・BPO Cebu IT Park
リゾートと空港 マクタン
大型開発・イベント SRP
製造・物流 マンダウエ周辺

昔のColonは、これらの役割の多くを一つの地区で担っていました。現在は、都市が大きくなり、それぞれの機能が別の場所へ分かれています。Colonが中心でなくなったのではありません。セブに中心が一つでは足りなくなったのです。

よくある質問

  • Colon Streetはフィリピン最古の通りですか?
    Colon Streetはフィリピン最古の通りですか?
  • Colonという名前は何に由来しますか?
    Colonという名前は何に由来しますか?
  • Colonは以前、セブの中心だったのですか?
    Colonは以前、セブの中心だったのですか?
  • なぜColonからAyalaやSMへ人が移ったのですか?
    なぜColonからAyalaやSMへ人が移ったのですか?
  • Colonは現在、衰退していますか?
    Colonは現在、衰退していますか?
  • Colonの古い映画館は現在も営業していますか?
    Colonの古い映画館は現在も営業していますか?
  • Colonは旅行者が歩けますか?
    Colonは旅行者が歩けますか?

※Colon Streetが「フィリピン最古の通り」であるという説明には、2025年以降、セブの歴史家から具体的な異論が示されています。この記事では、公式標識の説明と新しい歴史研究の両方を掲載しています。
※Colonの店舗、映画館、ナイトマーケット、交通路線は変更される可能性があります。
※この記事でいう「中心」とは、市役所などが定める公式なシティセンターではなく、人、商業、仕事、交通が集まる都市機能上の中心を意味します。

まとめ

Colonから人が消えたのではなく、セブが大きくなり、中心地の役割が複数の地区へ分かれました。Colonは現在も、低価格の買い物、学生生活、公共交通、小規模商業を支える場所です。新しい地区と同じ姿を目指すだけでなく、毎日利用される理由を残すことが、その強みを生かす鍵になります。

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