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サウスロード地区は元は海|セブ市の埋め立て事業と円借款の歴史

サウスロード地区は、もともと海でした。1970年代の構想、日本の円借款、埋め立ての工法、南海岸道路とトンネルが土地の役割をどう変えたかを解説します。

サウスロード地区は元は海|セブ市の埋め立て事業と円借款の歴史
海沿いを走るサウスロード地区の道路。写真: Øyvind Holmstad / CC BY-SA 4.0

しかし、ここは自然にできた平地ではありません。セブ市の海岸から離れた海上を埋め立て、道路と土地を新しく造った場所です。SRPの歴史を見ると、セブ市が限られた土地の中で、

  • 産業用地をどう増やすか
  • 南北の交通をどう改善するか
  • 海側へ都市をどう広げるか
  • 巨額の公共事業費をどう返済するか
  • 公有地を誰に、どのように使わせるか

という問題に向き合ってきたことが分かります。SRPは、単なる新しい商業地区ではありません。セブ市が海の上に造った、新しい都市の土台です。

結論

この記事の要点

South Road Propertiesは、セブ市南部の沖合を埋め立てて造られた、一般に約300ヘクタールと説明される開発区域です。現在はSM Seaside City Cebu、NUSTARリゾートand Casino、Il Corso、City di Mareなどがある場所として知られています。

しかし、最初から商業施設を中心とした計画だったわけではありません。初期には、新しい工業・投資用地を確保し、セブの経済活動を支える構想がありました。

項目 現在
土地 セブ市南部沖の海 約300ヘクタールの埋立地
主な目的 工業・投資用地と交通基盤の確保 商業・住宅・観光・業務・交通の複合地区
都市との接続 海によって分離 Cebu South Coastal Roadなどで接続
代表的な景色 海、浅瀬、旧Kawit島 モール、ホテル、橋、高層建築
マクタンとの関係 海を渡る直接道路なし CCLEXでコルドバと接続
呼び方 セブ南部Reclamationプロジェクト South Road Properties

現在よく使われる「300ヘクタール」は、SRP全体を分かりやすく示す概数です。一方、1990年代の事業資料や裁判記録には「約330ヘクタール」と記載されたものもあります。これは必ずしも数字の間違いではありません。計画範囲、埋立対象、水路、道路、測量後の土地、開発可能面積など、資料が何を含めるかによって数字が異なるためです。

この記事では、現在一般的に使われている表現に合わせて約300ヘクタールとします。

SRPができる前、ここには何があった?

SRPが造られる前、現在の大部分はマクタンChannel側の海でした。ただし、すべてが完全な海面だったわけではありません。現在のSRP北東側付近には、かつてKawit島またはCauit島と呼ばれた場所がありました。

この島には、アメリカ統治期に検疫や海事医療に関係する施設が置かれていました。

その後、周辺が埋め立てられたことで、島は独立した形では見えにくくなりました。現在、NUSTARなどがある一帯で使われるKawitポイントという名前に、以前の島の記憶が残っています。つまりSRPは、海を一様に埋めて長方形の土地を造っただけではありません。既存の海岸、小さな島、浅瀬、水路を含む場所に、新しい陸地と道路を組み合わせた都市基盤です。

なぜセブ市は海を埋め立てようとした?

セブ市は、海と山の間に市街地が広がっています。東側には海があり、西側には標高の高い地域があります。そのため、中心部に近く、広く、まとまった開発用地を確保することは簡単ではありません。1980年代以前から、セブでは人口と経済活動が拡大し、

  • 工業用地
  • 港湾・物流用地
  • 新しい幹線道路
  • 投資を受け入れる土地
  • 都市中心部の混雑を分散する場所

が必要になっていました。当時の計画では、セブ南部Reclamationプロジェクトは、工業化や地域開発を支える公共インフラとして考えられていました。JICAの事業紹介でも、マクタンExport加工ゾーンで企業用地が限界に近づき、新しい工業団地が求められていたことが、事業背景として説明されています。

現在のSRPを見て「モールを造るための埋立地だった」と考えると、出発点を見誤ります。最初の中心課題は、セブの成長に必要な土地と交通基盤を新しく造ることでした。

構想は1970年代までさかのぼる

SRPの歴史は、1990年代に突然始まったものではありません。セブ南部の埋立構想は、1970年代から検討されていました。フィリピン最高裁判所が1998年に示した判決には、セブ南部Reclamationプロジェクトに関して、

  • 1979年に計画が原則承認されたこと
  • 1980年に土地利用や事業性の調査が提出されたこと
  • その後も計画、契約、事業主体をめぐる調整が続いたこと

が記録されています。ただし、1979年の初期構想と、1990年代に実際に進められた埋立事業は、面積や事業内容が完全に同じではありません。

段階 内容
1970年代後半 セブ南部の大規模埋立構想を検討
1979年 セブ南部とマンダウエの埋立計画を原則承認
1980年代 土地利用・技術・経済性などを検討
1990年代 MetroセブDevelopmentプロジェクト月齢IIIとして具体化
1995年 日本の円借款契約を締結
1990年代後半以降 埋立工事と関連インフラを実施
2000年代 土地の権利整理と民間開発が進行
2010年代以降 商業・住宅・観光開発が本格化

「SRPは何年に始まったのか」という質問に一つの年だけで答えにくいのは、このためです。構想の始まり、融資契約、工事開始、埋立完成、土地開発開始が、それぞれ異なる年にあるからです。

関連資料:Supreme Court of the Philippines / Lawphil|Land Bank of the Philippines v. Court of Appeals, G.R. No. 124130

日本の円借款は何に使われた?

SRPの埋立事業は、MetroセブDevelopmentプロジェクト月齢IIIの一部として進められました。JICAの記録によると、埋立事業に対する円借款契約は1995年8月に調印され、契約額は123億1,500万円でした。

当時の融資機関は、現在のJICAへ統合される前のOverseas Economic Cooperation Fund(OECF)です。後にOECFの海外経済協力業務は日本銀行for国際Cooperation(JBIC)へ移り、その後、現在のJICAへ引き継がれました。

そのため、SRPについて調べると、

  • OECF
  • JBIC
  • JICA
  • 日本ODA Loan
  • Yen Loan

という異なる名称が出てきます。これは必ずしも別々の融資を意味するのではありません。時期によって日本側の実施機関の名称が変わったためです。

借款額とセブ市の負担は同じではない

円借款の契約額を、そのままセブ市が最終的にペソで支払った金額と考えることはできません。返済負担には、

  • 為替レート
  • 金利
  • 融資の引き出し時期
  • 国内側の手数料
  • 返済期間
  • 追加インフラの費用

などが関係します。特に円とペソの為替変動は、セブ市側の返済額に影響しました。SRPが長い間、都市開発だけでなく「セブ市の借金」の問題として議論された理由です。関連資料:JICA|メトロセブ開発事業(3)(埋立)

どうやって海を土地に変えた?

埋立は、海へ土砂を入れるだけでは完成しません。一般的には、次のような工程が必要です。

  1. 区域を決める
    海岸線、水深、波、潮流、既存の島や航路を調査し、埋立範囲を決めます。
  2. 護岸を造る
    投入した砂や土砂が海へ流れ出さないように、外周部へ護岸を造ります。
  3. 内部へ埋立材を入れる
    囲まれた区域へ埋立材を投入し、海底から地盤を高くします。
  4. 地盤を安定させる
    新しい地盤は、重さによって沈下する可能性があります。排水、締め固め、時間をかけた圧密などによって、建物や道路を支えられる状態にします。
  5. 道路と排水設備を造る
    土地だけでは都市として使えません。道路、橋、排水、水道、電力、通信などの基盤が必要です。
  6. 区画を開発する
    完成した土地を公共施設、道路、商業、住宅、業務などの用途へ分けます。

SRPの景色が長期間「広い空き地」に見えたのは、埋立が失敗したからとは限りません。地盤と道路を造る段階と、民間企業が建物を建設する段階の間には、大きな時間差があります。

SRPは海岸に接した普通の埋立地ではない

SRPには、海岸線から外側へ新しい土地を連続させる場所だけでなく、海岸との間に水域を残したisland-type reclamationとしての特徴があります。そのため、SRPとセブ本土の間には、

  • アクセス道路
  • 水路
  • 河川の出口

が存在します。この構造は、海水の流れや河川排水を完全にふさがないために重要です。一方で、都市としては接続地点が限られるため、交通が特定の道路へ集中しやすくなります。SRPへ入る道路が混雑すると、区域内に広い道路があってもアクセス全体が遅くなることがあります。

Cebu South Coastal Roadが土地の役割を変えた

SRPの価値は、埋立地の面積だけでは決まりません。重要なのは、どこへ道路でつながっているかです。Cebu South Coastal Roadは、セブ市南部と中心部側を結び、SRPを通過する主要道路になりました。

2008年には、DPWHによって国道として指定されています。この道路により、SRPは単独の開発用地ではなく、

  • セブ市中心部
  • Talisay市
  • セブ南部
  • 港湾地区
  • マクタン方面

をつなぐ交通ルートの一部になりました。SRPの名称も、開発の重点が「Reclamation=埋立工事」から「道とProperties=道路沿いの資産・土地」へ移ったことを象徴しています。

南海岸道路を走る車
南海岸道路を走る車。写真: PaulGorduiz106 / CC BY-SA 4.0

関連資料:DPWH|Declaring Cebu South Coastal Road as a National Road

SRPトンネルは中心部との距離を縮めた

Cebu South Coastal Roadの北側には、プラザ・インデペンデンシアとサンペドロ要塞付近の地下を通るトンネルがあります。一般にはSRPトンネルと呼ばれています。全長は約1キロメートルで、上下線を合わせた4車線の道路です。

2010年6月に完成記念式典が行われ、その後、一般車両の通行が始まりました。

このトンネルができる前、SRPから港湾・North Reclamationエリア方面へ移動するには、中心部の道路を経由する必要がありました。トンネルは歴史地区の地下を通り、SRPと港湾側をより直接的に結びました。ただし、トンネルができたからセブ市全体の渋滞が解消したわけではありません。

入口と出口、その先の交差点が混雑すれば、道路容量の効果は限定されます。

サウスロード地区のトンネル
サウスロード地区のトンネル。写真: Patrickroque01 / CC BY-SA 4.0

公有の埋立地は、どう民間開発へ変わった?

埋立後のSRPは、セブ市が所有する大きな資産になりました。しかし、市がすべての建物を自ら造ったわけではありません。セブ市は、土地の一部について、

  • 売却
  • 共同開発
  • 長期的な土地利用契約
  • 民間投資の誘致

などを進めました。その結果、複数の民間開発区域が生まれました。

主な区域・施設 特徴
SM Seaside複合施設 SM Primeによる約30ヘクタールの複合開発
City di Mare Filinvest Landとセブ市の共同開発区域
Il Corso 海沿いの商業・レジャー施設
Kawitポイント ホテル、カジノ、イベント施設などの開発
その他の区画 住宅、業務、商業、公共用途など

土地を売却すれば、市は大きな収入を得られます。一方で、一度売却した土地は、基本的に市が自由に使える公共資産ではなくなります。そのためSRPの土地取引では、

  • 売却価格は適切か
  • 公開入札は公平か
  • 公共空間が確保されるか
  • 雇用や税収が市民へ還元されるか
  • 将来の交通負担を誰が負うか

が議論されてきました。SRPを見るときは、建物の豪華さだけでなく、公有地がどのような手続きで民間都市へ変わったかを見る必要があります。関連資料:Lawphil|Proclamation No. 843, Cebu South Reclamation Project

関連資料:Lawphil|Proclamation No. 763, Cebu City South Reclamation Project Special Economic Zone関連資料:SM Prime|South Road Properties Development

SM Seasideの開業が「目的地」を作った

SM Primeは、SRP内で約30ヘクタールのSM Seaside複合施設を開発しました。中心施設となるSM Seaside City Cebuは、2015年11月27日に開業しました。開業時のSM Primeの発表では、モールの延床面積は約43万平方メートルです。

SM Seaside以前のSRPは、多くの人にとって「南へ移動するときに通る広い道路」でした。モールが開業したことで、

  • 買い物
  • 食事
  • 映画
  • イベント
  • 雇用
  • 観光

を目的に人が集まる場所へ変わりました。つまり、SM Seasideは単に大型施設が一つ増えたのではありません。SRPを通過する場所から滞在する場所へ変えた節目でした。

大型商業施設の外観
大型商業施設の外観。写真: Ralff Nestor Nacor / CC BY-SA 4.0

関連資料:SM Prime|SM Seaside City Cebu Opens November 27, 2015

CCLEXによってSRPは行き止まりではなくなった

SRPの役割をさらに変えたのが、セブ–コルドバLink Expressway(CCLEX)です。CCLEXは、SRPとマクタン島側のコルドバを結ぶ、全長約8.9キロメートルの有料道路です。2022年4月27日に開通式が行われ、4月30日から一般車両の通行が始まりました。

CCLEXができる前、セブ本島とマクタン島を車で移動する主要ルートは、マンダウエ市とラプラプ市を結ぶ2本の橋でした。CCLEXの完成により、セブ市南部からマクタン南側へ渡る新しい選択肢が加わりました。

ライトアップされた連絡橋の夜景
ライトアップされた連絡橋の夜景。写真: Jhe098 / CC BY-SA 4.0
CCLEX以前 CCLEX以後
マクタンへの道路接続は北側の2橋が中心 SRPからコルドバへ直接接続
SRPは南北移動の道路としての性格が強い 南北移動と島間移動の結節点
マクタン南部へは大きく回る場合がある コルドバ方面への新ルートが成立
埋立地の端に近い 広域道路網の接続地点

CCLEXによって、SRPはセブ市南部の開発地から、Metroセブの道路ネットワークをつなぐ場所へ変わりました。CCLEXは、SRPからコルドバへ直接つながる選択肢を加え、南北移動に島間移動の役割を重ねました。

関連資料:PortCalls|8.9km Cebu–Cordova Expressway Inaugurated

海だった場所から、広域都市の接続地点へ

視点 現在
地形 海、浅瀬、Kawit島 約300ヘクタールの埋立地
土地の所有 海域・国有地を含む セブ市の土地と民間所有地
経済機能 漁業・沿岸利用 商業、住宅、観光、業務、イベント
交通 船以外で海上を通過できない 沿岸道路、トンネル、CCLEX
都市の中心 Colon・港湾・旧市街側 複数の都市拠点の一つ
景観 水平に広がる海 モール、ホテル、高層建築、橋
課題 開発用地不足 交通、排水、防災、公共性

SRPの変化は、「何もない海が便利な街になった」という単純な成功物語ではありません。土地を得た代わりに、新しい管理責任も生まれました。

埋立地だから考えなければならないこと

  • 地盤沈下
    地盤沈下
  • 高潮と海面上昇
    高潮と海面上昇
  • 排水
    排水
  • 交通集中
    交通集中
  • 公共交通
    公共交通

SRPで見るべき5つの境界

SRPを歩いたり車で通ったりするときは、施設だけでなく「境界」を見ると歴史が分かります。

見る場所 分かること
本土とSRPの間の水路 島型埋立地としての構造
護岸 海だった場所の外周
Kawitポイント 旧Kawit島の位置関係
海沿い道 土地と交通を一体で造った理由
CCLEX接続部 SRPが広域交通拠点へ変わったこと

地図で確認するときの注意

Google Mapsなどでは、SRPという名前が広い範囲に表示されます。しかし、日常会話でいうSRPには、

  • 埋立地そのもの
  • Cebu South Coastal Road
  • SM Seaside周辺
  • Kawitポイント
  • 本土側の接続道路
  • Talisay側へ続く道路

まで含めて話されることがあります。そのため、「SRPにある」と書かれていても、法的な土地境界やバランガイの境界まで同じとは限りません。住所、土地所有、行政区分を確認する場合は、施設の正式住所や公的な地図を確認します。

SRPはセブ市の中心になったのか?

SRPは重要な開発拠点になりました。しかし、Colon、Cebu Business Park、Cebu IT Parkに代わる唯一の中心になったわけではありません。現在のセブ市は、機能が複数の場所へ分かれています。

地区 主な役割
Colon・Downtown 歴史、低価格商業、公共交通
Cebu Business Park オフィス、商業、住宅
Cebu IT Park BPO、IT、飲食、夜間経済
SRP 大規模商業、観光、住宅、イベント、広域道路
港湾地区 物流、海上交通、卸売

SRPが加わったことで、セブの中心が一つ移動したというより、都市の中心が複数になったと考えるほうが実態に近いでしょう。関連資料:JICA|Roadmap Study for Sustainable Urban Development in Metro Cebu

SRPを見るとセブの都市開発が分かる

SRPには、セブの都市開発に共通する特徴が集まっています。

  • 公共事業で土地と道路を造る
  • 外国融資を利用する
  • 地方政府が大きな土地資産を持つ
  • 民間企業が区画を開発する
  • モールが人の流れを作る
  • 新しい橋が土地の価値を変える
  • 自動車交通が開発を先導する
  • 成長後に公共交通と防災が課題になる

建物だけを見ると、SRPは新しいセブです。しかし、その下には1970年代から続く計画、1990年代の融資、埋立工事、土地権利の整理、道路建設があります。新しい街ほど、長い準備期間の上にできています。

よくある質問

  • South Road Propertiesは本当に海だったのですか?
    South Road Propertiesは本当に海だったのですか?
  • SRPの面積は300ヘクタールですか、330ヘクタールですか?
    SRPの面積は300ヘクタールですか、330ヘクタールですか?
  • SRPは日本が所有しているのですか?
    SRPは日本が所有しているのですか?
  • SRPは何年に完成しましたか?
    SRPは何年に完成しましたか?
  • South Road Propertiesと南部Reclamationプロジェクトは同じですか?
    South Road Propertiesと南部Reclamationプロジェクトは同じですか?
  • SRPトンネルはいつ開通しましたか?
    SRPトンネルはいつ開通しましたか?
  • CCLEXはSRPの一部ですか?
    CCLEXはSRPの一部ですか?

※面積は資料によって約300ヘクタール、約330ヘクタールなどの表記があります。本記事では現在一般的に使われる約300ヘクタールを採用し、歴史資料との差を本文で説明しました。※将来の開発計画は変更される可能性があるため、完成済みの施設と構想段階の施設を区別して確認する必要があります。

※埋立事業とCebu South Coastal Roadは関連していますが、融資契約、実施主体、工事区分が完全に同一ではありません。

まとめ

SRPは、海を埋め立てて土地と道路を造り、民間開発と広域交通を重ねてきた都市の土台です。商業施設や橋が増えた後も、公有地の使い方、公共交通、高潮・排水・地盤の管理という課題は続きます。埋立の完成と、誰もが使いやすい街の完成は同じではありません。

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