01-01-02|Cebu IT Parkは23.70ha・24ha・27haのどれが正しい?
で、追加区域や資料の年代まで含めて詳しく整理します。
この記事では、2001年にSpecial Economic Zoneとして指定された時点のProclamation上の面積が236,973㎡だったことだけ押さえておけば十分です。
BPOの成長とともにOffice Buildingが増えていった
Special Economic Zoneになったあと、Asiatown I.T. ParkにはIT企業やBPO企業が次々と入るようになります。
2000年代から2010年代にかけて、eBloc Tower、SkyriseなどのOffice Buildingが増え、海外企業のCebu拠点が集積していきました。
2011年のThe Freemanの記事では、当時の24haのAsiatown I.T. ParkでBPO Office需要が強く、CPVDCが隣接する2.1haの土地取得を進めていたことが報じられています。当時すでにeBloc TowerにはNCR Cebu Development CenterとJPMorgan Chaseが入居していました。
IT Parkが現在の姿になった理由は、「最初から完成された巨大Business Districtとして造られたから」ではありません。
BPO・IT企業の需要が増えるたびにOffice Buildingが建ち、そこで働く人が増えることでRestaurantやRetailが必要になり、さらにResidentialやHotelが加わるという形で、街が段階的に成長してきました。
The Walkから、働くだけではない街へ
初期のIT Parkは現在と比べるとOfficeの色が強い場所でしたが、働く人が増えるにつれてCommercial Facilityも発達していきます。
その代表がThe Walkです。
2011年のThe Freemanの記事では、The WalkはAsiatown IT ParkのRetail Componentとしてすでに収益を生み出していたことが分かります。
その後、Garden Bloc、Ayala Malls Central Bloc、Seda Central Blocなどが加わり、現在ではOfficeだけではなく、Shopping、Dining、Hotel、Residential、Entertainmentまで集まるMixed-use Districtへ変わりました。
この「Office Parkから街へ」という変化については、後の記事、
01-01-07|The WalkからGarden Bloc、Central Blocへ
で詳しく扱います。
2011年、「Asiatown I.T. Park」から「Cebu I.T. Park」へ
現在の名称になったのは2011年です。
Ayala Landの企業資料によると、2011年9月22日にAsiatown I.T. Parkは正式に、
Cebu I.T. Park
へ名称変更されました。
2012年のThe Freemanの記事でも、「Cebu I.T. Park, formerly Asiatown I.T. Park」と記載されており、この名称変更が確認できます。
「Asiatown」というDeveloper側のBrandから、「Cebu」という都市名そのものを前面に出したCebu I.T. Parkへ変わったことは、この場所がCebuを代表するBusiness Districtとして定着していった象徴ともいえます。
Cebu IT Parkの歴史を年表で見る
| 年 | Cebu IT Parkの土地で起きたこと |
|---|---|
| 1938年 | Cebu Landing FieldがMilitary Airportに指定 |
| 1947年 | LahugのLanding FieldがNational Airportへ再分類 |
| 1966年4月27日 | Airport Operationが終了し、空港機能がMactanへ移転 |
| 1981年 | Pope John Paul IIが旧Lahug AirportでOpen-air Mass |
| 1982年 | Sinulog Grand Paradeが旧Lahug Airportで開催 |
| 1990年代後半 | 旧空港跡地でBusiness District開発が進む |
| 2000年4月6日 | PEZA BoardがIT Parkとして承認 |
| 2001年2月27日 | Presidential Proclamation No.12によりIT Special Economic Zoneに指定 |
| 2000年代 | eBloc、SkyriseなどOffice Buildingが増加 |
| 2011年9月22日 | Asiatown I.T. ParkからCebu I.T. Parkへ正式改称 |
| 2010年代以降 | Officeに加えてResidential、Retail、Hotelなどが拡大 |
| 現在 | Cebuを代表するIT・BPO・Mixed-use Business Districtの一つへ |
「空港跡地」という視点で歩くとIT Parkの見え方が変わる
私もCebuに長く住んでいますが、現在のIT Parkだけを見ていると、この場所に航空機が離着陸していた時代を想像するのは簡単ではありません。
しかし、Cebu IT Parkの歴史を調べると、この場所の変化は非常にCebuらしいと思います。
1930年代にはMilitary Airport、戦後はNational Airport、1960年代に空港機能がMactanへ移り、1981年にはPope John Paul IIのMassが行われ、20年以上後にはIT Special Economic Zoneになりました。
そして現在は、世界的な企業がOfficeを構え、多くのCebuanoが働き、Restaurant、Cafe、Mall、Condominium、Hotelが集まる街になっています。
同じ土地でも、その時代のCebuが必要としている役割によって使われ方が大きく変わってきたことが分かります。
Cebu IT Parkは「新しい街」ではなく、役割を変え続けてきた場所

Cebu IT Parkは2000年代になって突然生まれた場所ではありません。
土地の歴史を遡れば、1938年のCebu Landing Fieldまで続きます。
Airport
から、
旧空港跡地
へ。
そこから、
Information Technology Special Economic Zone
となり、
現在は、
Office・Retail・Residential・Hotelが集まるMixed-use District
になりました。
Cebu IT Parkを理解するとき、「Restaurantが多い」「BPO企業が多い」という現在の姿だけを見るのではなく、約90年近くにわたってこの土地の役割が変化してきたことを知ると、街の見え方が大きく変わります。
そして次に疑問になるのが、
「Cebu IT Parkはいったい何haなのか?」
という数字です。
政府資料、古いDeveloper資料、現在の企業情報を見ると、23.70ha、24ha、27haという異なる数字が出てきます。
写真:夜のセブITパーク(撮影:Martin Michlmayr/CC BY-SA 4.0)。Wikimedia Commonsより、トリミング・縮小して使用