こんにちは、ナビセブ編集部の田口じゅんです。セブに住んで10年以上になります。暮らしとエリアの記事を担当しています。
フィリピン人に歌のうまい人が多いのは、人前で歌う回数が日本とは比べものにならないほど多いからです。子どものころから、家族の集まりでマイクを持ちます。誕生日の席にはカラオケ機が置かれ、街の食堂では1曲₱5で歌えます。気分転換にも、恋の告白にも歌が使われてきました。
ナビセブ編集部のまとめ
歌がうまいのは「毎週のように人前で歌う環境」があるから

フィリピンでは、誕生日や記念日の集まりにカラオケ機(現地ではビデオケと呼ぶ)を置くのが当たり前です。2023年のAFPの報道では、街のカラオケ機は1曲₱5から歌えました。家庭用の基本モデルは約₱19,000で売られていました。背景には、スペインと米国の統治期に外国の歌を取り込んできた歴史があります。男性が窓の下で歌って求愛した「ハラナ」の習慣も、その一つです。歌う回数の多さと、歌を人付き合いに使う文化が、うまい人を育てています。
フィリピン人は驚くほど歌がうまい

フィリピンに渡航した人なら、フィリピン人が暇さえあれば歌っていることに気づくはずです。しかも、一人ではなく多くの人が上手に歌います。音程を外さず、高音もためらわずに出し、最後まで歌い切ります。
Lea Salonga(レア・サロンガ)は、1991年にミュージカル『ミス・サイゴン』のキム役でトニー賞を受賞しました。ディズニー映画『アラジン』のジャスミンと『ムーラン』の歌声も担当しています。Arnel Pineda(アーネル・ピネダ)は、2007年12月に米国のロックバンドJourneyのボーカルに入りました。きっかけは、YouTubeに上がったカバー動画です。こうした歌手の成功が、歌で身を立てたい若い人の目標になっています。
理由①カラオケが家にも街にもある

フィリピンでは、カラオケは店に行ってするものではなく、家に持ち込むものです。誕生日やアニバーサリーのお祝いに行くと、たいていカラオケ機が置いてあります。カラオケ機・スピーカー・マイクをセットで貸すレンタルサービスも多くあります。
①生まれはフィリピンの「Sing-Along System」
「Sing-Along System」と呼ぶ機械が考案されたのは1975年です。考えたのはフィリピンの実業家Roberto del Rosario(ロベルト・デル・ロサリオ)です。1983年には特許も取りました。フィリピンの最高裁判所は、ビデオケにつながる機械の発明者として彼を認めています。カラオケがフィリピンで一気に広がったのは1980年代です。1990年代半ばには、メーカーが年に何千台も売るほどになりました。
②1曲₱5で歌える安さ(2023年の報道)
| 項目 | 金額・数字 |
|---|---|
| 街のカラオケ機で1曲 | ₱5から |
| 家庭用の基本モデル | 約₱19,000 |
| 上位モデル | ₱46,000超 |
| 食堂に置いた1台の売上 | 多い月で₱18,000(朝8時〜夜10時過ぎ、毎日稼働) |
| 組み立て店の販売台数 | 11〜12月は1日最大10台 |
乗り物の待合所や食堂、村の小さな店にもカラオケ機があり、客待ちの合間に1曲歌う運転手もいます。店主から見れば、カラオケ機は客を呼ぶ道具です。
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理由②お祝いの席で全員が歌う

フィリピンでは家族で集まる機会が多く、誕生日などのお祝いには家族と仲の良い友人を招きます。まず食事、次にお酒で、参加者が酔い始めるころにマイクが回ってくるのがいつもの流れです。
子どもも大人に交じって歌うので、人前で歌う経験を小さいころから積み重ねます。「歌が得意な人だけが歌う」場ではありません。祖母は懐かしい歌を、いとこはロックを歌い、全員に順番が回ってきます。知った顔ばかりの席で画面に歌詞も出るので、あがらずに歌えます。
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理由③つらいときにも歌で気持ちを切り替える

仕事でうまくいかなかったフィリピン人が、職場に戻って歌い始めたことがありました。編集部がなぜ歌うのかと尋ねると、暗い気持ちから立ち直るための気分転換だという答えでした。
フィリピンでは、歌は楽しいときだけのものではありません。2008年の調査報道によると、カラオケは日常の役割やストレスから一時的に抜け出せる場です。同じ報道は、人前で恥ずかしがる気持ち(hiya)が薄れ、職場の緊張もほぐれると分析しています。歌う回数が多ければ、それだけ声の出し方も身につきます。
理由④外国の歌を聞いて自分のものにしてきた

フィリピン大学音楽学部の准教授は、2023年のAFPの取材で歌好きの根について話しました。カラオケが広まったのは1980年代でも、根はスペイン、続いて米国に統治された時代にあるという見方です。フィリピン人は耳にしたスペインや米国の音楽を取り込み、まねて歌ってきました。
聞いた歌をそのまま歌いこなす習慣は今も続き、カラオケの曲目にはフィリピンの歌(OPM)と洋楽のヒット曲が並びます。
理由⑤ハラナという求愛の歌の文化があった

ハラナ(Harana)は、男性が女性に求愛するときに歌うセレナーデの習慣です。スペイン統治期の早い時期に広まり、スペインの民謡やメキシコのマリアッチの影響を受けています。男性は夜に女性の家を訪ね、小さなギターを弾きながら窓の下で歌いました。女性が出てきて、受け入れるか断るかを決めるまで待ちました。仲間が伴奏やコーラスで加わることもあります。
ハラナでは、恋の歌「クンディマン(Kundiman)」などが歌われました。歌が上手くなければ、女性を振り向かせるのは難しい時代でした。歌の上手い人が好まれた文化が、今の歌好きにつながっていると編集部は考えています。
ハラナが減ったのは1980年代以降です。家庭に電気が普及してディスコや欧米の音楽が広まり、戒厳令下の夜間外出禁止も重なりました。今は学校や文化行事で披露される形で残っています。
理由⑥合唱と高音のバラードで鍛えている

合唱でもフィリピンは強い国です。1963年創設のPhilippine Madrigal Singers(フィリピン・マドリガル・シンガーズ)が代表です。合唱の国際大会「European Grand Prix for Choral Singing」では、1997年と2007年の2回優勝しました。University of Santo Tomas(サント・トーマス大学)の合唱団にも実績があります。国際合唱コンクール「Choir of the World」で、1995年と2010年に最高賞を獲りました。学校や教会に合唱団があり、ミサで歌う機会も多いことが、ハーモニーを合わせる力を育てています。
カラオケでは、声量と高音を見せるバラードが好まれます。高い声を張り上げて歌い上げることを「ビリット(birit)」と呼び、歌のコンテストも人気です。点数が出るカラオケ機も多く、友人同士で点数を競い合います。
セブでフィリピン人と歌うときのマナー

カラオケに誘われたら、うまさより参加することが大事です。下手でも1曲歌えば場がなごみ、音程を外しても笑いになるだけです。英語の有名な曲なら、周りが一緒に口ずさんでくれることもあります。
| 場面 | 気をつけること |
|---|---|
| 家の集まり | マイクが回ってきたら1曲は歌う。断るなら笑顔で短く |
| 選曲 | 他の人の歌を茶化さない。点数表示で騒ぎすぎない |
| 「My Way」 | 2008年の報道では、口論の原因になるとしてリストから外す店があった |
| 夜の時間帯 | 住宅地では近所への音量に配慮する |
住宅地での大音量は、自治体が規制することもあります。セブ市では2020年、公衆衛生の非常事態のもとで条例改正が議会で承認されました。住宅地でのカラオケや大音量の音響機器を、月曜から土曜まで禁止する内容で、罰金は₱1,000〜5,000です。滞在先で歌うときは、夜の時間と音量に気を配ってください。
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セブで歌と音楽に触れられる場所

セブでは、カラオケ店(KTV)のほか、ホテルのラウンジやバーで生演奏を聴けます。セブアノ語(ビサヤ語)で歌うビサヤ音楽という地元のジャンルもあり、英語やタガログ語の歌とは響きが違います。
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👨💻 ナビセブ編集部
ナビセブ編集部の結論

フィリピン人の歌がうまいのは、生まれつきの才能だけが理由ではありません。人前で歌う回数の多さが、声の出し方と度胸を育てています。
編集部が特に面白いと見ているのはハラナの文化です。歌が人と人をつなぐ手段だったから、上手になろうとした人が多かったはずです。セブでカラオケに誘われたら、うまさは気にせず1曲歌ってください。それだけで距離が縮まります。
よくある質問

フィリピンのカラオケとビデオケは何が違いますか?
ビデオケは、歌詞と映像を画面に映すカラオケ機のフィリピンでの呼び方です。家庭用の機械やレンタル、店の個室など、使われ方はカラオケと変わりません。
カラオケを発明したのはフィリピン人ですか?
Roberto del Rosarioはフィリピンの実業家です。1975年に「Sing-Along System」を考案し、1983年に特許を取りました。日本の井上大佑さんも原型を考えたとされ、発明者には両方の説があります。
フィリピンのカラオケは1曲いくらですか?
2023年のAFPの報道では、街に置かれた硬貨式のカラオケ機で1曲₱5からです。KTVの個室は時間制の料金が多く、店ごとに違います。
ハラナは今も行われていますか?
日常の求愛としては、ほとんど見かけなくなりました。1980年代以降に減り、今は学校や文化行事で披露される程度です。
フィリピン人とカラオケに行くとき、何を歌えばいいですか?
英語の有名な曲なら、一緒に歌ってくれる人がいます。日本の歌でも、場を盛り上げる気持ちがあれば歓迎です。
世界で有名なフィリピン人歌手は誰ですか?
1991年にトニー賞を受賞したLea Salongaがまず挙がります。2007年にJourneyのボーカルになったArnel Pinedaも有名です。
最後に

2026年10月に確認した情報です。滞在先で歌う前に、建物や地域の音量・時間のルールを確かめてください。KTVに行くなら、料金体系を店で聞いてから入りましょう。