中谷よしふみのセブ食べある記「キニラウ/Kinilaw」
揚げ物や肉料理のイメージが強いフィリピン料理ですが、実は「生の魚」を使った冷たく爽やかな伝統料理も存在します。それが「キニラウ(Kinilaw)」。フィリピン版セビーチェとも言われるこの料理は、生魚を酢やカラマンシーでしめ、ココナッツミルクやショウガ、玉ねぎ、チリなどを加えて仕上げたマリネ風の一品です。
「キニラウ」という名前は、フィリピノ語 で「生で食べる」「生のもの」を意味する動詞「kilaw(キラウ)」に由来します。脂っこい料理が多いフィリピン料理の中で、珍しくあっさりとした一品です。
酢でしめるという調理法は、世界共通の“腐敗防止”の知恵。フィリピンは海に囲まれた島国のため魚介類は豊富ですが、冷蔵技術が発達していない時代には、新鮮な魚の長期保存が難しいという事情もありました。そこで、酸味の強い酢やカラマンシーを使って魚介類をしめることが、食材を保存するための方法として発展したのです。
キニラウに使われる魚介の種類はさまざまで、定番はサワラ系の白身魚「タングイグ(Tangigue)」ですが、マグロを使うこともあれば、イカや貝が使われることもあります。どの店でも玉ねぎとショウガは大概入っていて、レストランではおしゃれに、屋台では豪快に出されます。
酸味が効いていて爽やか、なのにしっかり濃厚。お酒との相性も抜群です。Golden CowrieやGerry’s Grill、AA BBQなど、ほとんどのフィリピン料理店で出会えます。ただし、油断は禁物。マグロを使ったオシャレなキニラウが、次に行くと全然違う料理になっている。それがフィリピン。やたら硬かったり、魚の色が変わっていたりすることもある。それもまたフィリピン。つまり運に左右される料理なんです!ローカル食堂で見つけても初心者はやめときましょ!鮮度が心配です。
伝統料理でありながら、生ものを食べないフィリピン人から勧められることはまずありません。こちらが「キニラウはすごくおいしいよ!」と勧めても、「え、生魚?絶対ムリ!」と全力拒否されることが多い。関係性が浅いと表立って「無理」とは言わないけれど、ニコニコしながら全く手を付けません。とはいえ、寿司や刺身の人気がじわじわと広がっているので、いつかフィリピン人もキニラウの良さに気づくかも。
僕はこの料理が大好きで、見つけたらだいたい食べています。5回に2回はイマイチでションボリしますが、暑い昼間に冷えたキニラウをつまみにサンミゲルビール を飲む瞬間は、「ああ、フィリピンに来てよかったな」と思えるひとときです。ぜひ、すっぱい玉ねぎと一緒に酢漬けの魚をチビチビ食べてみてください。
【Y’s Tips】
「食べることは、コミュニケーション」
フィリピンの食文化では、「食べること=コミュニケーション」という側面がとても強く、基本的に食事は家族でのシェアが前提です。一人で外食すると、量がやたらと多く感じるのはそのためです。こうした文化の中では、「食べられない人がいる料理」は広まりにくい傾向にあります。キニラウのような生魚料理が一般的に浸透しにくいのも、単なる味の好みだけではなく、ともに食卓を囲むという文化的背景も関係していると思います。フィリピンの食卓では「安全」「共有」「信頼」が重んじられていることを知ると、マイナー料理がなかなか定着しない理由が見えてきます。
フィリピンのおいしい料理を探求するノマドライター。セブ留学体験談をまとめたサイト「フィリピン留学ラジオ」を運営中。
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