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セブのCebu North Reclamationの歴史|1960年代の埋立と商業地区への変化

Cebu市側のNorth Reclamationは、1962年末から1967年にかけて造成された169haの埋立地を起点に、再開発と商業施設の進出を重ねてきました。

セブのCebu North Reclamationの歴史|1960年代の埋立と商業地区への変化
Land Reclamation in the 1960s and the Shift to a Commercial Area

こんにちは、CebuOです。

SM City CebuやRobinsons Galleria Cebuのある地区を見ると、大型モールを中心に発展した街という印象を受けます。しかし、モールが登場するより前に、港湾に面した土地を造成し、その利用を進める段階がありました。NRAの歴史では「何年に埋め立てたか」と「何年に商業施設が開いたか」を分けることが、現在の街を理解する出発点になります。

要点

Cebu市側のNorth Reclamationは、1962年末から1967年にかけて造成された169haの埋立地を起点に、再開発と商業施設の進出を重ねてきました。Mandaue市側にも北埋立地がありますが、契約や事業化の経緯は別です。現在の商業地区は、一度の造成で完成した街ではなく、土地の形成、権利・開発体制の整理、建物の開業が異なる時期に進んだ結果です。

1960年代|Cebu市の港湾側に169haの土地を造成

Philippine Planning Journalに収録されたBancom Realty Corporationの報告は、Cebu港のPier 3からSubangdaku川までの前浜を事業対象として説明しています。同報告では、実際の埋立は1962年末に始まり、1967年に完了し、造成面積は169haとされています。この数字は当時のCebu市側事業を示すもので、今日NRAと呼ばれる場所すべての面積ではありません。(出典:当時の再開発報告(誌面1〜2頁)

造成によって陸地ができても、その時点でモールや住宅がそろうわけではありません。後の再開発に関する公文書では、土地だけでなく道路、公共空間、埠頭、港湾施設なども扱われています。海だった場所を街として利用するには、建物を置く区画に加えて、交通や港の機能を支える基盤が必要だったことが読み取れます。(出典:1978年大統領令第1346号

1969〜1978年|造成後の停滞と再開発体制の転換

当時の報告によると、1969年には裁判所命令によって埋立地の販売と建設が停止されました。土地ができた後も開発が順調に続いたわけではなく、権利をめぐる問題が建設に影響した経緯があります。1967年を「商業地区の完成年」と呼べないのは、このように造成と土地利用の間に別の過程があったためです。(出典:当時の再開発報告(誌面1〜2頁)

転機の一つが、1978年4月11日の大統領令第1346号です。この法令は対象の埋立地と公共改良施設の所有・管理をPublic Estates Authority(PEA)へ移し、債権者や土地購入者などの請求を扱う枠組みを設けました。売却や賃貸、民間開発会社との契約も規定しており、土地を利用・開発する体制の組み直しとして位置付けられます。これは当時の制度変更であり、現在の個別物件の所有権を説明するものではありません。(出典:1978年大統領令第1346号

同年7月、PEAはBancom Realty Corporationを再開発と販売の開発・管理主体とする契約を結びました。報告で用いられるCebu North Reclamation and Port Redevelopment Projectという名称には、埋立地と港湾を一緒に捉える考え方が表れています。商業地区の歴史をたどる際には、埋立工事だけでなく、こうした再開発の段階を挟んで理解する必要があります。(出典:当時の再開発報告(誌面1〜2頁)

時期 出来事(出典リンク) 対象と段階
1962末〜1967 169haを造成 Cebu市側/埋立工事
1969 販売・建設の停止 Cebu市側/裁判所命令
1978年4月 PEAへ所有・管理を移管 Cebu市側/大統領令
1978年7月 Bancomと再開発契約 Cebu市側/開発・管理体制
1969〜1978年|造成後の停滞と再開発体制の転換

Mandaue市側|1970年代の契約から別の事業として進む

Mandaue市側の沿革は、Cebu市の169ha事業と分けて読む必要があります。1992年9月4日の最高裁判決には、Mandaue市とMalayan Integrated Industries Corporationが1977年12月12日に埋立契約を結んだ経緯が記載されています。判決で説明される構想は、工業・交易拠点と港湾機能を伴うものでしたが、この契約日を工事完了日とすることはできません。(出典:1992年最高裁判決

同判決は、Mandaue市とF.F. Cruz & Co.の契約日を1989年4月26日、約180haの事業に対する条件付き承認を同年6月27日と記録しています。Cebu市側とは自治体、契約相手、時期が異なり、「北側の埋立地だから同じ事業」という説明にはなりません。ここでの180haも承認対象の事業面積であり、現在の地区面積や完成済み面積とは区別する必要があります。(出典:1992年最高裁判決

Mandani Bayの開発会社による沿革解説は、Mandaue側の構想をDemetrio Cortes市長の時代、実施をAlfredo Ouano市長期の1990年代初めと説明しています。1970年代の契約、1989年の契約・承認、1990年代初めの実施という記述は、それぞれ違う段階を指します。年だけを並べて矛盾と考えるより、その年に構想、契約、承認、工事のどれが進んだのかを見ると経緯が明確になります。(出典:Mandani Bayの沿革解説

時期 出来事(出典リンク) 対象と段階
1977年12月 Malayanとの契約 Mandaue市側/先行契約
1989年4月 F.F. Cruzとの契約 Mandaue市側/別の契約
1989年6月 約180haの条件付き承認 Mandaue市側/承認段階
1990年代初め Ouano市長期に実施 Mandaue側/開発会社の沿革
Mandaue市側|1970年代の契約から別の事業として進む

1993年以降|大型モールが商業拠点を増やす

Cebu市側の商業化を示す節目の一つが、1993年11月のSM City Cebu開業です。SMの公式回顧投稿では、同モールをMetro Manila外で最初のSMモールとして紹介しています。1960年代の造成から時間を置いて大型商業施設が加わったことになり、埋立地の形成とモールを中心とする土地利用が同時ではなかったことが分かります。(出典:SM City Cebu公式の回顧投稿

2015年12月10日にはRobinsons Galleria Cebuが開業しました。Robinsons Landの当時発表はモールを商業の核とし、住宅、ホテル、業務施設を組み合わせる計画を示しています。ここで新しく加わったのは店舗の集まりだけでなく、生活・宿泊・仕事を一つの開発に組み込む構想です。ただし、この日はモールの開業日であり、住宅やホテルを含むすべての建物が完成した日ではありません。(出典:Robinsons Landの2015年発表

2022年12月1日のGMall of Cebu開業も、A. Soriano Avenue沿いに商業拠点が加わった出来事です。地元紙SunStarの開業報道で日付と所在地が確認でき、SMだけでなく複数の大型施設が地区を構成する流れを示しています。施設ごとの開業を追うと、NRAの商業化は一つのモールが開いて終わったのではなく、異なる事業者が長い期間をかけて建物を加える過程だったと整理できます。(出典:SunStarのGMall開業報道

港湾との関係は、商業化の後にも残る

北埋立地の歴史で港は、単なる近隣施設ではありません。Cebu市側の法令は事業範囲をPier 3からSubangdakuまでとし、埠頭や係留・港湾施設を対象に含めています。土地の形成を扱う資料そのものに港の機能が組み込まれているため、商業施設だけから地区の出発点を説明すると、この関係が抜け落ちてしまいます。(出典:1978年大統領令第1346号

商業施設側にも港との関係を意識した発想が見られます。Galleriaの2015年発表は、旅行者向けラウンジや港との連携サービスを開業時の特徴として説明していました。これは当時、船で移動する人を商業施設へ迎え入れる構想があったことを示す資料です。ここで紹介しているのは開業時の考え方であり、当時の送迎時刻やサービスを現在の利用案内として示しているわけではありません。(出典:Robinsons Landの2015年発表

2025〜2026年|商業施設に教育・業務機能が重なる

近年の変化として、SM PrimeはNU Cebuの開校日を2025年6月14日と発表しています。大学の公式住所はSM City Cebu North WingのUGレベルで、既存の商業施設群に教育機能が組み込まれています。モールに買い物へ来る人に加え、学ぶために通う人の拠点ができたことは、地区の用途が重なっていく一例です。(出典:SM Primeの2026年発表NU Cebu公式住所

SM Primeの2026年2月19日発表では、NUに隣接するSM City Cebu Towersにより、同年第4四半期までに6万㎡を超える賃貸可能オフィス面積を追加する計画が示されました。これは2026年9月8日の確認時点では予定として扱う情報です。一方、Galleriaの既存オフィスはモール接続型の業務施設として公式に紹介されており、商業施設と仕事の場所を組み合わせる形も地区の構成に加わっています。(出典:SM Primeの2026年発表Robinsons Offices公式

まとめ

Cebu North Reclamationの歴史は、土地を造る段階、利用と開発の体制を整える段階、商業・教育・業務施設が加わる段階に分けると理解できます。Cebu市側の1960年代の造成とMandaue市側の後年の契約・事業化は、近接していても別の経緯です。現在のNRAは、複数の事業が異なる時期に積み重なってできた地区であり、一つの着工年やモール開業年だけでは全体を説明できません。

よくある質問

1967年に現在の商業地区が完成したのですか?

1967年は、当時報告が示すCebu市側169haの埋立工事の完了年です。その後に再開発や建物の開業が続いており、現在の商業施設群の完成年ではありません。

169haと180haは合計してNRAの面積にできますか?

そのまま合計して現在の地区面積にすることはできません。169haはCebu市側の造成実績、約180haはMandaue市側の1989年の承認対象として記録された面積で、区域と数字の意味が異なります。

Galleriaの開業日は住宅やホテルの完成日でもありますか?

2015年12月10日はRobinsons Galleria Cebuモールの開業日です。当時発表には住宅・ホテル・オフィスの計画も含まれますが、それぞれの建物の完成や利用開始は別の出来事として扱います。

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